2017年09月08日

臨時休業

今日は悪天候につき臨時休業させていただきました。
最近の天気予報は外れることが多いので、朝起きたら予報とは違って雨も降ってなかった。
急いで朝食をすまして家を出ようとすると、突然の雷雨が襲ってきた。
「ダメだ、こりゃ」と、臨時休業することに。

芦有ドライブウェイの事務所に早速連絡を入れる。
というのは、各料金所にMIOROSが営業中だとか、準備中だとかの看板があるので連絡しないといけないのだ。

電話した後、二度寝をした。
うっすら起きの二度寝はよくやるが、一旦起きてしまってからの二度寝なんて無理かなぁ。
そう思ってベッドに横になると、また眠ってしまった。
どうやら私は自分でも気付かないが相当疲れているようである。

思えば休んでいない。
でも、作家活動で忙しい時には、これ以上に休みなんてなかったのだから。

せっかくの休みだから、そのうちにやっておこうとする買い物に出かけた。
店で足りなくなりつつあるナフキンや、おしぼりを業務スーパーまで買いに行く。

雨にうたれながら、そんな自分を惨めに思ってしまった・・・のは贅沢かなぁ。

MIOROSを営業しなければ、業界からは当然のように「戦力外通告」でしかならなかったのだから。

私はまだまだ元気である!


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2017年09月07日

小さな島のマラソン大会、その4

百島には病院や診療所はない。
お年寄りが多いのに、急患が出たらどうするのか。
そんな時には、救急車ならぬ「救急船」で患者を尾道まで運ぶらしい。
救急船といっても特別な船ではなく、民間個人の小さな船。
田舎で消防団が組織されているように、交代でその役目を務めているようだ。

陽気な区長さんが、切ない表情でこんなことをおっしゃっていた。
「葬式は辛いですわ。小さな島だから皆知り合い。山の上の火葬場まで運んで、燃やすのは私の役目なのです」と。
小さな島では現実離れした驚くようなことが山ほどある。

マラソンコースの下見に出かけた。
島の道は狭いが、ほぼ島を一周できることがわかった。
一周10キロ。ならば4周すればほぼマラソンコースになる。
アップダウンも当然あるが、強引にこの百島でマラソン大会をすることに決めた。

ただ一つ問題があった。
道がフン臭いのである。
よくよく見れば、タヌキのフンである。
この匂いがたまらない。
この島はタヌキが多く生息していて、農作物も被害を受けているらしい。

我々スタッフと区長とで対策を練る。
犬がそうであるように、タヌキも毎回同じ場所でフンをする。
ならば、フンの始末を早くして、その匂いさえ消してしまえば良いのではないかという当然のような結論に達した。

夜行カメラで、タヌキがフンをして平然と去って行く現場を撮影することができた。
バカバカしいが、貴重な映像である。
タヌキは夜にしかフンをしに来ないので。

とりあえずタヌキのフン問題は区長さんに任せて、ひとまず我々は島を後にした。
後日談だが、その後百島ではタヌキのフン対策に必死であったらしい。
「わざわざ百島までマラソン大会に来ていただいた人に、タヌキのフン公害で迷惑をかける訳にはいかない」と。

さて、百島マラソンのお膳立てはできた。
しかし、問題は参加ランナーである。
マラソン人口は今や凄いが、そんな一般ランナー達がわざわざ交通費まで払って参加してくれるだろうか。
島の人達には、「都会に行ったお子様達にも参加してくださるように呼び掛けてください」と、お願いはしておいた。
「それより私が走るよ」
そう名乗り出てくださったお年寄りの方も。
中には「無理せんといて」と思われるかなりの老人の方まで。
皆さん、この島で何かが起ころうとしていることに情熱を感じておられるのだ。

大会の日は迫ってきた。



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2017年09月06日

小さな島のマラソン大会、その3

さて、いよいよ島探し。
まずはしまなみ海道の生口島からフェリーですぐの岩城島へ。
役場の人に案内していただいたのだが、この島の柑橘類の研究は素晴らしいものがあった。
常に新しい柑橘類を作ろうと研究され、島の名物は「青いレモン」
中央にそびえる山の頂上からパラグライダーができ、瀬戸内海を上空から楽しめるので人気らしい。
とにかく明るいイメージの島で、私は大好きになった。

続いて行ったのが「魚島」
しまなみ海道からは遠く離れた孤島である。
だから時代から取り残されたかというと決してそうでもない。
島の小学校に行くと、生徒たちは外国の小学校と常に交信していた。
それに水を供給する為、海水を生活水に替える大きなタンクがあった。
島の人達は素朴であり、好感を持てる方ばかり。
ただマラソン大会となると、島の道はアップダウンがきつすぎた。

そして、もう一つの候補「百島」へ。
尾道港から船で25分。
その船が実に面白い。
桟橋から次から次へと自転車に乗った人が船に乗り込んで来る。
小さな船でフェリーではないが、甲板にその自転車を置いて階下の船室に入って行く。
「自転車フェリー船」か?

船が港に着くと、陽気な老人が待ち受けていた。
百島には三つの村があり、その代表する区長さんらしい。
早速島を案内してもらった。

この百島は周囲12キロ。人口は500人余りとか。
勿論、旅館などはなく、島には小さな雑貨屋が一軒あるのみ。
その店を訪ねると、老人たちが集っていた。
聞けば、この島の住民の殆どが老人であるらしい。

「毎年、正月とお盆はこの島も人であふれて島が沈みそうになる」と、区長さんは嬉しそうに語った。
「どれだけ沈むのですか?」
そう私が聞くと、
「そうよなぁ。2センチは沈む」と。
ふざけた区長だ。

島を散策していると、廃屋となった映画館があったので入ってみることにした。
「百島東映」という立派な看板だけが残っていた。
中に入ると、勿論客席の椅子などもなく、ほこりっぽい廃屋そのもの。
でも、当時のポスターがまだ壁に貼られていた。
石原裕次郎や美空ひばり、三船敏郎等々。
おそらく昭和30年代、もしくは昭和40年代に廃業されたままになっているのだろう。

時が止まったまま、時代に取り残された島・・・。
私は、この百島でマラソン大会を開催できないものかと夢を描いた。


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