2017年06月02日

たかがコーヒー、されどコーヒー

MIOROSはカフェであるからして、オープン当時はコーヒーが主力だと思っていた。
がドッコイ。ふたを開ければ「チャイ」が人気となり、「カレーうどん」「わらび餅」も売れ筋となった。

東六甲展望台は昔から有名なデートスポットであり、若いカップルは勿論多い。
でも彼等は缶コーヒーを好む。
その理由は様々だと思う。
まず安いこと。(東六甲展望台の自販機は決して安くはないのだが)
それと、わずらわしくないこと。
今の若者は、店に入って注文することすら、わずらわしいらしい。

結果、MIOROSの店内でティータイムをすごされるのは高齢者の方が圧倒的に多い。

開業する時、ネスレさんにまず相談してみた。
「今やコーヒー文化も変わりましてね。スタバが我々にとって脅威かと思っていたら、今度はコンビニコーヒーの時代ですよ」と。
確かに時代は変わりつつある。

「姉ちゃん、お茶でもどう?」
昔の定番だったガールハントのセリフである。
喫茶店に入ってコーヒーを飲むというよりも、会話を大切にした時代の話。
コーヒーを飲むイコール、会話を楽しむ場であった。

こんなことを考えると、「ゆとりのない、味気ない時代」になってしまったものだと感じる。

でも時代はどんどん変化するのは当たり前。
そうそう。缶コーヒーの原点は「甘すぎた」ことをご存じでしょうか?
今では「無糖」「微糖」は当然ですが、その昔缶コーヒーが世に出た頃は「甘〜いのが缶コーヒー」だったのです。
その理由を教えましょうか。
長くなるので、また次の機会に。
私がジャマイカのブルーマウンテンコーヒー農園の取材に行った時のお話です。
posted by hagiwarayoshiki at 00:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

目的地と通過点

MIOROSのある東六甲展望台は、有馬温泉や六甲山に向かう人の休憩場所である。
でも、MIOROSオープン当時は、「ここを目的地にしてもらう」ことを目指していた。
だから、「エンターテイメントカフェ」と命名した。
しかし、自分一人の力では困難なことに気がついた。
結果、今やMIOROSは「通過点」であるのかといえば、そうでもないような気もする。
わざわざ遠くからMIOROSを目的地として来てくださるお客様もいらっしゃるので。

今日、須磨から来られた常連のお客様が、こんなことをおっしゃっていた。
「一人でここに来るのはいいですけど、誰かをご案内して六甲山に来る時は、どこにお連れしたら良いのでしょうか?」と。
確かに「六甲山牧場」とか「カンツリーハウス(人工スキー場)」とかは、あるにはあるが、「ここは穴場ですよ」と紹介できるスポットがない。

思えば「登六庵」は、素晴らしい隠れスポットだったのだなぁと改めて思った。

外国人観光客や、他府県からの人は別として、近隣の方に「目的地」として利用していただけるには「魅力ある隠れスポット」でなければならない・・・と感じた次第です。

でも、MIOROSをそんな「隠れスポット」にどうすれば良いのか・・・考えよう。



posted by hagiwarayoshiki at 23:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

孤独感

連日MIOROSに出ていると、体力の消耗と孤独感が交互に訪れる。
土曜日曜の天候が良い時は、やたら忙しく昼食をとる暇もなく、帰宅するとグッタリ。

一方、平日は当然ながら暇。
東六甲展望台に一台の車もない状態が続く。
下界を見下ろすと、大阪平野が見える。
自分一人だけ取り残された気分になる。

長年に渡って放送作家をしていたので、こんな孤独感が自分を襲うのは初めての経験である。
いや、待てよ。
小学生の頃、同じような思いをしたことがあったなぁ。

小学3年の時に、姫路の町内から田舎に引っ越し転校をした。
当時の田舎の学校では転校生が珍しいらしく、白い目で見られた。

私の母は小学校の教員で、何と私と同じ田舎の学校に赴任となった。
「先生と一緒に転校して来た奴」
生徒も先生も全員が距離を置いていたのがわかった。

仮病でよく休んだ記憶がある。
でも両親から「しっかりしろ!」と叱られ、孤独感を打ち払う努力をした。

やっと馴染めたかと思えて4年生を迎えた時、学級委員長の選挙で私が選ばれた時のことであった。
「この選挙、やり直す!」
担任はどうやら私が選ばれたのが気に入らなかった様子で、何と選挙のやり直しとなった。

その夜、教員の母にこのことを話すると激怒していた。
どうやら4年の時の担任は母とは険悪であったようだ。

私の人生は「一匹狼」である。
組織で談合している奴は「くそくらえ」と常に戦ってきたつもりだ。
でも今の日本社会では、それは通用しないようである。

全てが「長いものに巻かれる」仕組みになっている。

明日もまた孤独感が襲ってくるだろう。
どうしようか・・・。
そうだ!
眼下の大坂平野に向かって大声で歌でも唄ってみるとするか。
そうなれば、ギターを持って行こうかな。

posted by hagiwarayoshiki at 23:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする