2019年04月07日

初めて生で見た芸人さん

先日のブログで「54年前に生で観た芸人さん」のお話をすると申していましたが、取り敢えずその前に「私が生まれて初めて生で見た芸人さん」のお話から。

私は姫路生まれ。両親が共働きだったこともあり、隣りに住んでいた母方のおばあちゃんに小さい頃は面倒をみてもらっていました。
ばあちゃんの先祖は姫路城に仕える士族だったせいなのか、プライドも高かったのですが、三味線をやるなど芸事の好きな人でした。
物心もつかない私をよく「東映の時代劇映画」に連れて行ってくれたものです。

姫路の商店街の中心地に「ヤマトヤシキ」というデパートがありました。
数年前に惜しまれつつ閉店してしまったのですが。
その7階の催事場で、当時の人気番組だった「漫才学校」というABCラジオ番組の公開放送があるというので、ばあちゃんに手を引かれて連れていってもらったのが、人生初めて生で芸人さんを見る時でした。(当時はまだテレビも普及してなくラジオ時代)

番組が始まるや、拍手喝采。場内爆笑の渦。
「あっ!Bちゃんや。おもろいわぁ、Bちゃん」
ばあちゃんが興奮して舞台に食い入っていたのを幼きながらの記憶にあります。
Bちゃんというのは、「秋田Bスケ」師匠のこと。
当時、秋田AスケBスケさんは、かなりの人気者であったようです。
横山ノックさんの師匠にあたる方です。

場内爆笑なのに私は何が面白いのやら理解できずだった記憶があります。
当然ですよね。
「漫才学校」という人気番組は1956年で終了しています。
ということは、その時私は4歳頃であったと思われるのです。
4歳の記憶なんてある筈がない・・・そう思われるかもしれませんが、薄っすらとした記憶ですが「私が初めて生で見た芸人さん」なのです。

AスケBスケ師匠とは、私が芸人時代「うめだ花月」でご一緒させていただいたことがありました。
Bスケ師匠は楽屋で昔のアルバムを見せてくださり、昔自慢をよくされていたことを覚えています。

AスケBスケ師匠のネタで私が好きだったのは「取り調べ」の漫才ネタ。
「犯人らしき男は、ここに潜んでいるのか?」
「ハイ、おそらく」
「入口を固めろ」
「セメントで?」
「セメントで固めてどないすんねん!」
淡々としたリズムでの小ボケぶりが大好きでした。

さて、その「ヤマトヤシキ」ですが、私が高校3年の時の夏休み期間、7階のイベントスペースで連日「フォークライブ」があり、私は毎日のように司会とDJで舞台に立っておりました。
高校2年の時から、アマチュア漫才でテレビやラジオに出演していて、姫路では少し有名人高校生でしたので。

思い出の場所がなくなり、思い出の人も亡くなる。
でも、自分の記憶だけは消えませんよね。

次回からは「54年前に生で観た芸人さん」のお話を少しずつやります。
posted by hagiwarayoshiki at 21:39| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高校生の時から有名人って、凄いですね。さんまみたいです。私の初めて見た芸人さんは、水のお代わりを求めたWヤングです。吉本60周年の番組をよくやってますが、私はお笑いの天才、吉田ヒロさんが東京で成功しなかったのが不思議です。DTと何かあったのでしょうか?
Posted by つくし at 2019年04月09日 19:51
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