2019年04月23日

54年前に生で観た芸人さん、その3

さて、憧れの「なんば花月」でデビュー間もない「やすしきよし」さんを観て衝撃を受けたのですが、「ポケットミュージカル」という出しものがありました。
新喜劇の若手のコントと、専属歌手による歌で構成された30分程度の出しもの。
ヘレン杉本さん(西川ヘレンさん)や、末成由美さんもここで歌っていて、後に新喜劇に転向されています。
「ハッピー&ブルー」のボーカルだった森本さんも、ここ出身。

そのコントで爆笑だったのが、井上竜夫さんのボケっぷり。
のんびりしたテンポでボケる味に魅了されました。
そして最後の新喜劇。
岡八郎さん座長のお芝居だったのですが、井上竜夫さんのボケを期待するも全くボケなし。
「どうして?」

その後、テレビで放送される新喜劇を見ても、井上竜夫さんのボケはありません。
「ポケットミュージカル」はOAされないので、世間の殆どは井上竜夫さんの面白さを知りません。

私は腹が立ち悔しい思いで、ファンレターを書くことにしました。
「井上様はあれだけ面白いのに、どうして新喜劇でボケないのですか?」と、生意気なことを。

一週間もしないうちに返事をいただきました。
「新喜劇はお芝居です。お芝居はコントと違って締める役も必要なのです。私は老け役で締める立場なので、その私がボケてしまうと芝居は滅茶苦茶になります」
無神経な姫路の中学生に、井上竜夫さんは正直に打ち明け話をしてくださいました。

でも私は更に生意気な手紙を送ります。
「先日の新喜劇ですが、もっとボケるポイントがあったと思います。例えば・・・」
全くド素人の中学生のくせに、プロの芸人さんにダメ出しまでするとは。

でも、井上竜夫さんは怒る訳でもなく「お芝居というものわね・・・。喜劇は芝居であるからして・・・」と、お返事を毎回くださいました。
そんなやりとりが何度も続き、何か文通でもしているようになってしまったのです。

結局、そんな手紙のやり取りをしていたことが厳格な父に見つかり「受験を控えているのにオマエは何をしてるのや!」と凄い剣幕で叱られ、文通は終わります。

それから5年後のこと。
B&Bとして「うめだ花月」の舞台に立っていた私が、舞台袖にいた時のことです。
出番が一緒だった井上竜夫さんが私の横に座られました。
「井上さん、変なことを言うようですが、姫路の萩原という奴のことを覚えていらっしゃいますか?」
世間話のような問いかけに、
「ああ、よう手紙くれてたふざけた子でなぁ。君は萩原君の友達かいな?」
「いいえ、僕は・・・その萩原なんです」
井上さんは目を丸くして、
「ええっ!君、芸人になったんかいな」
「ハイ・・・」

その後、出番が一緒になると井上竜夫さんは私の楽屋を訪れては「コーヒー行こうか」と誘ってくださいました。

私が作家となり、井上竜夫さんのセリフを初めて書かせてもらった時は感無量でした。
勿論、ボケは満載です。

そんな井上竜夫さんも今や現世にはいらっしゃいません。
合掌・・・。


posted by hagiwarayoshiki at 21:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

54年前に生で観た芸人さん、その2

今から54年前、私が中学2年生の時に「生で観た芸人さん」
この年は数多くの芸人さんを生で観ることができましたが、一番衝撃的だったのが「やすしきよし」さんでした。

場所は「なんば花月」
姫路の中学生がどうして大阪の「なんば花月」まで行ったのかというと・・・。

私が初めて漫才らしきことを舞台で披露したのは中学1年生の時でした。
学年で行ったキャンプの夜。仲の良かった友人とアドリブで漫才もどきのことをやり、これが爆笑となり「人を笑わせるって、こんな快感なんだ」と感じました。
その友人とは、休み時間になると漫才のような掛け合いをするのが何よりもの楽しみでした。
ところが2年になると、その友人はお父さんの仕事の都合で大阪に引っ越し転校してしまったのです。
寂しくなった私は親に「彼が不登校になっているので友人として行ってあげないといけない」等とデタラメなことを言って彼に会いに行きました。

久しぶりに出会った二人が行くのは勿論「笑いの殿堂、花月」です。
そこでコンビ結成間もない「やすしきよし」さんの舞台を観たのです。
凄い衝撃でした。
「こんな面白い漫才があるんや!」と。

翌年の4月、「やすしきよし」さんはコンビ結成1年未満にもかかわらず「上方漫才大賞新人賞」に輝かれます。
そして8月、私は漫才台本片手に楽屋を訪ねて、その日から私の人生は変わってしまったのです。

この時の状況は昔のブログに詳しく書いてますので検索してみてください。

そして、19歳の時。
私はプロの漫才師として、憧れの「なんば花月」の舞台に立ちます。



posted by hagiwarayoshiki at 18:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月12日

今日は暇なので

今日は久しぶりに暇なので、ブログをもうひとつ。

お昼に明日の「上方漫才大賞」の司会者打ち合わせでNHKさんへ。
関西テレビのスタッフやOBCスタッフ、それに関さんや原田さんと合流して、生放送後のサブローさんと打ち合わせを。

連日、睡眠時間も気にする日々だっただけに、昼過ぎに時間が空いてしまうと、どうやって半日すごそうかと思う。
打ち合わせ場所がNHKの16階にあり、眼下の大阪城公園の桜が見事だったので散歩することにした。
外国人観光客が多いのに驚いた。
まるで日本じゃなかった。

大阪城は江戸時代に徳川によって再建築され、二度の落雷で天守閣は焼けてなくなった歴史がある。
秀吉時代こそ鉄壁の城であったが、江戸時代は何事もなかったようだが権威の象徴ともいえる天守閣がなくなった。
これは江戸時代、庶民の町であった大坂の人々の怒りが天に届いたのかもしれない。
そんなことを考えながら、外国人観光客がどれだけ大阪城を理解しているのかと思いつつ京橋へ。

久しぶりに京橋を歩いた。
一ヶ月公演をした元「京橋花月」辺りまで足を伸ばしてみた。
元京橋花月は今では大衆演劇の小屋になっている。
付近で馴染みだった店を探した。
どの店も今やなくなっていた。
お好み焼き屋さんや喫茶店、それに花屋さんまで。

いろんな過去を振り返りながら散歩するのは、空しくもあり、懐かしさがこみ上げて楽しくもある。

「萩原さんは、よく昔の話をなさいますけど、人生は現在と未来しかないのですよ」
最近そんなことをとある人から言われた。
確かに常に未来に向かって進んでいる人は凄いと思う。
でも人生でこれから先よりも過去の方がずっと長かった人はどうなのでしょうかねぇ。

せめてブログで昔の話をこれからも時間のある時には続けます。


posted by hagiwarayoshiki at 21:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする