2017年03月13日

三寒四温

季節が変わって行く。
この時期「三寒四温」と呼ばれ、寒い日と温かい日が交互にやってくる。

昨日は寒かった。
週末土曜というのに東六甲展望台に来る人は殆どいない。
暇で客待ちしていると胃が痛む。
閉店準備をしていたら寒さで手がしびれていた。

今日は一転して暖かくなり、東六甲展望台も賑わった。
厨房で休む暇もないと腰が痛くなった。

三寒四温という奴は、体に悪い。
胃が痛んだり、腰を痛めたり。

常夏の国に憧れる。
でも、年中同じ気候だとボケるらしい。
「ええと、あれはいつだったかなぁ」と。
季節の移り変わりがないとそうなるらしい。
その点、四季のある日本ではそのようなボケはないようだが。

間もなく桜の季節となる。
冬に愛用していたタイツとも早くお別れしたいと願うばかりだ。
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2017年03月11日

R-1の意味

今日MIOROSに来られた常連のお客様が「R-1ぐらんぷり、見ましたよ。面白かったけどR-1のRって落語のRでしょ?落語とはほど遠いピン芸大会なのに何故R-1なのですか?」と。

幸い(?)店が暇だったので、そのお客様に「R-1ぐらんぷり」がどうして始まったのかというお話をしてしまった。

上方落語の祖といわれている米沢彦八なる人物は江戸時代の中頃、大道芸人からスタートした。
人気歌舞伎役者の物真似や、立体パフォーマンスで人気を呼び、彼の軽口噺は現代の古典落語にも受け継がれているが、ブラックジョークも得意とした。
つまり権力を嘲笑う辻話である。
当時の大坂は庶民の町。侍の数も少なかったので庶民から絶賛された人気者であったようだ。

彼の噺は継承されて「上方落語」となっていった。
しかし、原点である彼の芸そのものは実に今の「R-1芸」そのものだったといえよう。

ゆえに「R-1ぐらんぷり」は落語家の方は身を引かれる場合が多い訳ですが、これぞ上方落語の原点でもある訳なのです。

情報過多の時代になった。
どんどんメディアも新しく変化して、芸人の生き様も変わっていく。
しかし、生のライブを楽しむという文化だけは何とか残ってほしいものである。
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2017年03月10日

どんどん進化(変化)して行く漫才

今日「漫才マン」(19日、20日OA)の収録に立ち会っての感想。
若手漫才を見ていると、ボケVSツッコミという王道パターンを外して来るコンビが多かった。
若手芸人の裾野は広いので、目立つ為には仕方のない選択だと思う。

実は私自身、現役の頃(かなり昔話ですが)「ボケの後のツッコミが変なので、ボケ役がそのツッコミを訂正する」という邪道漫才をやっていた。

でも漫才たるもの基本にあくまで忠実でなくてはならない。
そういう点では中堅どころの「ダイアン」「なすなかにし」は素晴らしかった。
ボケが不条理を超えている独自の世界。

「アホなことを言うのが漫才の原点」
でも現代社会は複雑怪奇な世の中になり、その「アホぶり」も時代と共に変化して行くのが当然なのだろう。

勿論、漫才はネタ合わせをして、かなりのテクニックを要する。
でも時代と共に、その「アホ」がどんどん不条理になっていくのは自然のなりゆきだと感じる。

収録の合間、天神橋筋商店街をブラリと歩いてみた。
漫才の歴史を変えた某有名タレントと偶然すれ違った。
彼は深く帽子をかぶり、マスクまでして通行人に気付かれない様子だったので、声をかけることはできなかった。
何しろ、すでに引退されている方なので。

posted by hagiwarayoshiki at 02:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする