2017年03月29日

須磨海岸の不審者

今日MIOROSを3時に閉店して、須磨に向かった。
須磨海浜水族園に野暮用があったのだが、早く着いたので久しぶりに浜に出てみた。
夏には賑わう浜辺も人影はまばら。
鞄から文庫本を取り出し、海を前に至福のひとときをすごす。
海が大好きな私にとっては最高に幸せな時間である。

その後、須磨水族園の人にそのことを話すると「パトロールの警官から声をかけられませんでしたか?」と。
この時期、オッサンが浜辺に一人でいるとパトロールの警官から職務質問をされたりするらしい。

確かに警官から声はかけられなかったが、犬の散歩をしている人達が怪訝な視線を私に送っていたのは感じた。
何か、以前に「浜辺不審者オッサン事件」でもあったのだろうか。
信じられない。
海は自分の心を洗ってくれるような気がする。

その証拠に、須磨水族園の人達はみんな礼儀正しく純粋な眼でご挨拶をしてくれる。
こんな時代の中で、実に清々しい人達だ。

イルカやら魚の気持ちを思って生きている若者たちに今日は出会えて嬉しかった。




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2017年03月26日

ホームスチール

選抜高校野球が面白いことになっている様子。
一日に二試合もが延長再試合になるなんて。
それも、その一つは9回裏にホームスチールで同点になったと知って驚いた。
二塁走者が大きくリードを取り、けん制の隙にホームスチールしたというから凄い。
リアルタイムで観たかったが、その頃六甲山で僅かなお客様相手にコーヒーを出していたのだから仕方がない。

ホームスチールといえば、私も一度だけやった経験がある。
といっても私は野球部に所属してなかったので、中学3年の時の「球技大会」での話。
私のクラスは決勝まで進み、この一点が入れば勝利をつかむ場面だった。
私は三塁ベース上にいた。
場面は、一塁三塁。
私はダブルスチールをすれば決勝点が入ると思い、一塁ランナーに向かって「走れ!」とそれなりのサインを送った。
勿論サインなんて決めていないから、ゼスチャーだが。
一塁ランナーのクラスメイトは意味がわからなかったようでキョトンとしていた。
何度もゼスチャーを送ったが伝わっていないようなので、しまいには「走れ!」と大声を出してしまった。

相手チームの投手が球を投げた瞬間、一塁にいたクラスメイトは走った。
相手チームの捕手はボールを受け取るや二塁に送球する。
それを見た私はホームに向かって走った。

結果・・・。
私は本塁でタッチアウトとなってしまった。
「何故?」
絶対にホームスチールは成功すると確信していたのに・・・。

試合を観ていたクラスメイトから、その時の状況を聞かせてもらうと。
相手の捕手が二塁に送球したとたんに、ショートがピッチャーのすぐ後ろまで来て、ショートカットして本塁に送球。
その結果、私はタッチアウトになったらしい。
クラスメイトは相手のショート選手の素早さをほめていたが、私は情けなかった。
ダブルスチールを、こともあろうに大声で叫んでしまったのだから。

思えば、あの時以来「滑り込み」なんてやってないなぁ。
足からの滑り込みだった。

でも、「滑り込み原稿」は頻繁にやっていた。
締め切りぎりぎりに依頼された原稿を送る。
こちらの方は、全てがセーフだった。


posted by hagiwarayoshiki at 22:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

孤立

六甲山では、まだまだ寒い日が続き、先週やっと春が来たと思いきや、また遠ざかったようである。
今日は週末土曜というのに、東六甲展望台にやって来る人は殆どいない。
あまり暇なので、久しぶりに展望台から大阪平野を眺めてみた。
変わらない景色だが、「多くの人がこんなちっぽけな中でうごめいているのかなぁ」と、いつものように感じる。
でも、「人は集団で支えあって生きているのだなぁ」とも思った。

MIOROSを始めてから、もう一年と9ヶ月になった。
長年多くの人と関わりを持って生きてきた今までの人生とは真逆で「俗世間から離れられた」と喜びを感じた。

でも、それは間違っているのだろう。
「人」というのは、その文字の如く「支えあって生きていくもの」
社会生活あってこそのものだ。

世間と遮断して生きて行くことなど到底できない。

誰も来てくれない展望台から下界を眺めていると涙がでそうになった。
意地ばかり張っていたが、やはり「人が恋しい」「人が好き」なのだ・・・この私は。

思えば「孤立した人生」をどれだけ歩んできただろうか。
小学3年の時、姫路の町の学校から田舎に転校した時が、初めての「孤立体験」であった。

でも、「みんなを笑わせる」という技を身につけて、私は孤立から脱出できた。
その技が災い(?)となって、芸人になってしまった。

漫才コンビを組むも、相方に恵まれず、また孤立の世界へ。

数えればきりがない程「孤立と脱孤立」の繰り返し人生だった。

でも今回の「孤立」は今までで一番厳しいようである。
東六甲展望台を画期的な観光スポットにしようと思って始めたMIOROSだが・・・。
協力者が全くゼロに等しい状態では無理な話である。

「書を捨てて町に出よう」
寺山修司の名作だが、私も「山を捨てて町に出よう」とでもこの際するかな・・・。




posted by hagiwarayoshiki at 22:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする