2016年10月16日

てんてこ舞い

今日のMIOROSは昨日とは打って変わっての忙しさ。
開店早々に中国人観光客のグループが「鍋焼きうどん」や「そばめし」の注文を。
中国人観光客の方にとっては、「鍋焼きうどん」や「そばめし」はおそらく初めて口にすると思われるので不思議そうな顔をして召し上がっていた。

昨日は売れなかった「ぜんざい」もよく売れた。
厨房では三人のスタッフが走り回る忙しさとなった。

冬メニューは手間がかかるので大変である。

ご近所の常連のお客様がホームステイしているドイツの女の子をお連れして来てくださった。
このご家庭は常に留学生をホームステイしてらっしゃる。
そして必ず最初に留学生にご馳走されるのが「抹茶アイス」
日本でしか味わえないので、ドイツの女の子も目を丸くして「美味しい〜!」と。

お客様に喜んでいただける。
それが今の私の唯一の楽しみである。






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2016年10月15日

冬メニュー、スタート!

今日から「MIOROS」では昨年人気だった「鍋焼きうどん」「ぜんざい」を始めることになりました。

店内外のメニュー表を冬用に入れ替え、この夏頑張ってくれた「わらび餅」ののぼりを「ぜんざい」に。

昨年、冬メニューをスタートした日には早速冬メニューが売れたものだった。
しかし、今年はからきしダメ。
トホホ・・・。
まず東六甲展望台に来る車が昨年に比べて少ないので仕方がない。

明日からは天気も良い週末なので、冬メニューはデビューできるのだろうか。

MIOROSの「鍋焼きうどん」は土鍋でお出ししていて、「ぜんざい」は白玉ではなく餅を焼いてお出ししている。
鍋焼きうどん.jpg
それが昨年は評判だったのだが・・・。
ぜんざい.jpg
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2016年10月07日

追悼。井上竜夫さま

井上竜夫さんが亡くなったことを今日知って驚いた。
新喜劇の台本を書くことを辞めてから何年も経つので、全く情報が入ってこなかった。

私と井上竜夫さんとは妙な関係であった。
私が中学2年の時、大阪の友達と「なんば花月」に行き、その舞台で拝見したのが始まりだった。
当時の花月では、新喜劇の若手達が出演するコントの出し物があった。
そのコントで大ボケ役を演じていた井上さんのファンになった。
しかし、本体の新喜劇ではギャグもボケもない役ばかり。

私は手紙を出すことにした。その内容とは「何故、新喜劇でボケないのですか?井上さんのボケっぷりが大好きです」という、今なら多いネットでお笑い評をやっているバカ同然のもの。

すぐに返事のお手紙が届いた。まさか返事をいただけるとは思ってなかったので驚いた。
「新喜劇はコントとは違い、お芝居です。芝居には役に徹して芝居を締める役割の人間も必要なのです。みんなが勝手にボケまくると芝居は壊れてしまいます」
そんなお返事をいただいた。
が、バカな私はまたしても手紙を書いた。
「昨日テレビで拝見した新喜劇ですが、あの場面ではこんなボケもできたのでは」といった実に生意気な内容。

またすぐに返事が届いた。
同じように「私が勝手にボケたら芝居は壊れるのです」と。

そんなやり取りが何度も繰り返された。
考えてみたら文通しているようなものだった。

それから何年か経ち、私は花月の舞台に立つ漫才師となった。(19歳)
出番前に舞台の袖に座っていると、隣りに井上さんが座ってきた。
「井上さん、姫路の萩原という中学生を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、よう手紙くれてた変わった子やったな。君、萩原君の友達なんか?」
「いえ、実は僕その萩原なんです」
井上さんは目が点になり「そうか、芸人になったのかいな」と。

それからというもの、出番の劇場が一緒になると「萩原くん、お茶行こう」とよく誘ってもらった。

30代になり、私は活動場所を東京から大阪に移し、新喜劇の台本を書くことになった。
因縁の井上さんのセリフも当然書く。
そのペンはいつも熱かったように思う。

もう誰に頼まれようが井上竜夫さんのセリフを書くことは今後二度とないと思うと辛い。

ー合掌ー
posted by hagiwarayoshiki at 23:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする