2018年01月19日

大寒訓練

明日は暦の上では「大寒」
一年中で最も寒い筈なのに、結構寒さは和らいでいた。
東六甲展望台の日中の最高気温が零下だった以前を思うと凌ぎやすい。

ところで「大寒」といえば「大寒訓練」というのをご存じでしょうか。
私は小学3年の時、町中から田舎の学校に転校して、この「大寒訓練」を体験しました。
たいそうな響きですが、真冬に行うマラソン大会のこと。
クラスのみんなは大変嫌がっていましたが、授業の代わりにマラソン大会になるので、私はウキウキしたものだった。
まだ3年生なので、自分のマラソンの実力を知らない。
学校の周囲を僅か2キロ程のコース。
しかし、大会当日になって嫌なことが・・・。

私は町中からの転校生として周囲から白い目で見られ続け、地味なイジメにあっていた。
そのイジメの親分的存在の奴から「俺より先に走るなよ!」と言われた。

マラソンはスタートした。
先頭集団で走り続ける。
そのうちの二人があっと言う間に先頭集団を抜け出して行った。
私もまだ体力が残っているので続いて行きたかった。
が、そうしようとした瞬間、イジメの悪男が私の前を遮り、肘鉄をしてきた。
抜け出して前に向かうことはできた。
でも、「ここで我慢さえすればイジメから解放されるかも」そう思って、彼の後ろをひたすら走ることにした。

結果は4位。イジメの彼は3位。
この時のゴールの様子が問題になった。
僅差でゴールする二人の不自然さが。
私の母は同じ学校の教員なので、その一部始終を見ている。
「芳樹!あんたわざとあの子の後ろばかり走っていたのやろう」と叱られた。
「勝って見返してやる根性はないのか、芳樹!」と。

一年後。
また「大寒訓練」の日がやってきた。
4年生になったので当然距離も長くなっている。
スタートした。
先頭集団のトップを走る。
私のすぐ横には、嫌いなイジメ野郎がピタリといる。
先頭集団は10人ほど。
その一番左を私は走っていた。
左にカーブする瞬間だった。
「ここだ!」
私は集団を大きく引き離して単独トップに出た。

イジメ野郎は追いつけない。
「もう、オマエとはこのように距離を置きたいのだよ」
そんな心境で必死になって走った。

結果、全く別の速い子にその後は追い抜かされて2位で終わった。
でも、それからというものイジメの悪は私に何もしてこなくなった。



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2018年01月18日

栗原小巻さんと恋人気分に

さてさて超大物との遭遇裏話、今回は栗原小巻さんのお話。
当時、全国ネットのトーク番組の構成を担当していた私は、栗原小巻さんの取材をすることに。
(トーク番組というのは、綿密な事前取材が必要なのです)
たまたま大阪でお仕事があったので、宿泊されているホテルでの取材となった。
当然、取材となればディレクターも同行するのだが、その日は都合が悪くて私一人で行くことになった。

取材場所に指定されたのは、大阪でも超一流ホテル内の有名なバーであった。
約束の午後9時前、そのホテルのバーに到着。
バーの前でお待ちしようかと思ったが、一応店内を覗いてみた。
すると・・・。
バーの一番奥の席で栗原さんはすでに来られていてワインを飲んでおられた。
「すみません。遅くなりまして」
約束の時間より早く来たつもりが、待たせてしまったとなればこんなお詫びも当然のこと。
「いいえ。私が早く来てしまったので先にやらせてもらっています」
と、ワイングラスを。
「あなたも何かお飲みになったら?」
車で来ていたのだが、「ま、少しくらいならいいか」と、ワインを付き合うことに。

不思議な空気が流れた。
普通、大物女優さんとの打ち合わせとなると、取り巻きが多い。
ところがマネージャーさんすらいない状態で、私と2人きりになっている。

「大変でしょう?お仕事も」
な、な、何とこちらから取材する前に、栗原さんから私へのお言葉。

テーブルキャンドルに映し出された小巻さんは魅了的すぎた。

実は、この取材で私は何とかして「笑えるバカ話」を聞きださないといけない使命があった。
でも、そんな雰囲気ではなかった。
まるで恋人同士のような時間だけが過ぎていった。

後日、その番組の構成会議で取材報告をすると、プロデューサーからボロクソに言われた。
「栗原小巻がオナラしたとか、ウンチをもらしたとか、そんな下世話な話を聞けなかったのか!」と。
「小巻さんの暮らしは、そんな下世話じゃないのですよ」
私が反論すると、
「違う!誰でもオナラもウンチもする。それがトークじゃないか!」
バカバカしくなった。

ちなみにそのプロデューサーは、上沼恵美子さんのご亭主でした。
posted by hagiwarayoshiki at 01:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

一本の電話

今月10日に降った雪の影響で、MIOROS周辺道路は昨日までタイヤチェーン規制が5日間も続いた。
これは記録的な長さであり、店はずっと開店休業状態に追い込まれた。

昨日来られたお客様から「全く道路に雪なんか残ってないのに、どうしてチェーン規制しているの?」と聞かれたが、私がチェーン規制をしている訳でもないので何も答えられない。

「六甲山の上は、もっと雪は凄いのに早々にチェーン規制は解除しているよ。人工スキー場に客を呼ばないといけないから必死だね。それに比べるとマスターの店は気の毒だね」
初めてのお客様に、余りにも暇なので同情されてしまった。

今年の冬は世界的な寒波到来。
世界のあちこちで私のように孤立している人も多いだろう。

多少ふてくされ気味になっていた夕方、携帯が鳴った。
久しぶりの本業の仕事の依頼であった。
有難かった・・・また皆さんとお喋りをして仕事ができる。
すっかり戦力外だと思い込んでいた自分が情けなくなった。

当たり前のことだが、やる気満々で精力的な人達に囲まれていたいものだ。

夏には蜂や蛾と戦い、秋には南の空に向かう渡り鳥を見送る。
皆生きている力を感じた。
紅葉が終わると山は静かになる。
周辺道路は凍結しているが、それ以上に私の心が凍結してしまう。
そんな時の一本の電話は、私に春の到来便りでもあった。
posted by hagiwarayoshiki at 00:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする